言葉の拘り
自分の子供たちは、「身内下げ」で「愚息」「愚娘」と書いてきた。
謙遜を重んじる日本文化を愛し、子供たちもその気持ちを共有しているから(さすが我が子)。
しかし、さすがに来春から社会人になる娘たちには、もう使えない。
今後は「社会人として、しっかり自活して、自分の道を切り開いてくれよ」という期待を込めて「愚」は外す。
自分のことを「なんちゃって獣医師」と言ったり、「先生」ではなく「せんせい」と書くのは、謙遜表現以上に権威主義が嫌いだから。
外で知り合いに呼ばれるときも「酒井先生」ではなく「さかいせんせい〜」の音だから、周りもこっちの気持ちは組んでくれている。
「飼い主」は単純に字面が嫌なので、間違っているのを承知で「飼主」にしている。
長文で「い」が多くなると読みづらいという、自分だけかもしれない勝手な感覚で。
「お客様は神様」とは思ってないから、「飼主様」「患者様」とは書かず「飼主さん」「患者さん」にしている。
「イヤならどうぞヨソ行ってください」の心構えでやっているので。
この「イヤ」「ヨソ」も、「嫌」「他所」より冷たさが和らぐと思って、わざとカタカナにしている。
言いたい放題、書きたい放題のようで、実は考えていることもある。
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