やるもやらぬも
最近は超高齢のウサギを診る機会が多くなった。
明確な病気がなくても老化によって活動性が落ちて、自身の体型を維持するに十分な餌が摂取できず、著しく痩せてくる子もいる。
そういう場合、介護の方法を飼主さんに教えるのだが、大抵最初は皆さん表情が暗い。
介護イコール大変だし、愛兎の寿命が閉じる未来を踏まえた作業だと思っているのだろう。
なかには露骨に「そんなことして自然に逆らって、この子の死を無闇に伸ばしてるだけなんじゃないですか?」と疑問を呈する方も。
そんなとき決まって返す言葉がある。
「自身が将来年老いたとき、周りにどうしてほしいか想像して、同じことしてあげたらどうですか?」
私的にも、延命だけを目的にした治療は受け入れ難い。
例えば自分がコロナに感染して、重症化してもECMOはごめんだ。
そこまでして生き延びたくはない。
しかし、介護ぐらいは受けられるなら、ジジイになった自分など相当扱いが難しいと思うが、慈愛の心で接してくれる女神がいるなら、申し訳ないがお願いしたい。
いないか、そんな奇特な人間。
しかし、飼主さんにはそういうウサギ愛に満ちた方、結構いると推測する。
だから怖いのは最初だけで、やってみたら大したことない、やって良かったが多い。
一方、愛兎の介護をしない方の考えも否定しない。
そういう方は自身の死に際も、それ相応に潔いのだろうと思う。
個々の死生観には口を挟まない。
飼主とウサギの出会い、それも運命なんだと思う。
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