粋
歳を重ねるほどに思うこと。
それは「晩節を汚すことなく、できれば粋に生きたい」ということ。
でも、そういえばこれまで「粋」という言葉を、なんとなく感覚で捉えていただけで、ちゃんと立ち止まってその意味を考えたことはなかった。
現代の辞書では、「粋」とは 「人情や趣味に通じていて、あか抜けしていること」と説明されている。
なるほど、それはそれで正しい。
でも、どうにももう少し奥深いものがあるような気がして、改めて調べてみた。
すると出会ったのが、昭和初期の哲学者・九鬼周造。
彼は1930年に著した『「いき」の構造』の中で、「粋」をこう定義している。
「寂しさ」と「意気地」、そして「媚態」と「諦め」が重なり合ったところに生まれる美。
――好きだけれど、追いすぎない。
――諦めているようで、どこかでまだ想いは残っている。
――多くを語らずとも、まなざしに全てを滲ませる。
あら、ダメだこりゃ。
己の理解だと「行きすぎない、溜めを利かす」が、その真髄とみた。
自分が最も苦手な生き方だ。
「100ゼロ思考」が蔓延している、今の世間にも必要な生き方ですね。
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