月読命について

伊勢参拝を前に、改めて「月読命(ツクヨミノミコト)」について整理してみました。

日本最古の書物であり、皇統の正当性と神話の伝承を目的として編まれた『古事記』では、月読命について語られているのはその誕生の場面のみです。
物語は上巻「神代の巻」において、伊邪那岐命(イザナギ)が黄泉の国から戻り、身体についた穢れを清めるために川で禊(みそぎ)を行うところから始まります。
イザナギがなぜ黄泉の国に行ったのかを知りたい方は、ぜひ検索してみてください。
死別した妻・イザナミへの愛憎を描いた神話で、古代版の冒険譚としても興味深い内容です。

話を戻すと、イザナギが川で身体を洗った際、その身体の部位に応じて次々と神々が生まれました。
下半身から順に10柱の神が現れ、最後に顔を洗った際に重要な三柱が誕生します。

右目からは「天照大神(アマテラスオオミカミ)」

左目からは「月読命(ツクヨミノミコト)」

鼻からは「須佐之男命(スサノオノミコト)」

イザナギは、この三柱の神の出来を非常に気に入り、それぞれに役割を与えました。

天照大神には「高天原(たかまのはら/天上の神々の世界)」

月読命には「夜之食国(よるのおすくに/夜の世界)」

須佐之男命には「海原(うなばら/海の世界)」を統治するよう命じたのです。

しかし『古事記』において月読命が登場するのは、実はこの一場面のみ。
それに対して天照大神と須佐之男命は、誓約(うけい)、乱行、天の岩戸隠れといった一連のエピソードを通して、神話の核心に関わっていきます。
問題児とも言える須佐之男命は、その後、出雲へと追放され、八岐大蛇退治や櫛名田比売(クシナダヒメ)との結婚など、出雲神話へと続く物語が展開します。

このように『古事記』の神代巻において、天照大神と須佐之男命が物語の中心人物として描かれているのに対し、月読命はその誕生の記述しか残されておらず、非常に謎多き存在となっています。

一方、『古事記』の後に成立した『日本書紀』には、月読命にまつわる別のエピソードが紹介されています。

月読命は天照大神の命を受けて、食物の神・保食神(うけもちのかみ)のもとへ使者として遣わされます。
保食神は、口から魚や野菜、獣の肉など様々な食物を出して月読命をもてなしますが、それを見た月読命は「穢(けが)れている」と激怒し、保食神を斬ってしまいます。
この報告を受けた天照大神は、「お前とはもう顔を合わせない」と言い放ち、それ以来、太陽と月は互いに出会うことなく、交代で空を巡るようになった――という神話につながります。

このエピソードから、月読命は「清浄」を重んじる正義感の強い神とされるようになりました。
また、「夜の世界」や「死後の静寂」「時間の流れ」とも結びつけられ、内面性や精神性の高い神として解釈されることもあります。

以上が、私が月読命に惹かれる理由です。

1つ星 (3 投票, 平均: 1.00 / 1)
読み込み中...

コメントは受け付けていません。

このページの先頭へ