ジムで思ったこと

気がつけば、もう15年以上、同じフィットネス・ボクシングジムに通っている。

近所とはいえ区をまたぐ場所にあり、通うのが面倒に感じる日も少なくない。
それでもやめずに続いているのは、健康のためだけではない。

心機一転、真面目に通う時期もあれば、理由をつけて足が遠のく時期もあった。
それでも戻ってきてしまうのは、ジムという場所が、運動以上のものを与えてくれるからだ。
年齢も職業も違う人たちが、同じリングに立ち、同じルールの中で向き合う。
その空間には、日常ではなかなか触れられない人の感情がある。

マス・スパーリングは、基本的に寸止めだ。
上達者は相手の力量を見て、攻撃の強さを自然に調整する。
「これは危ない」と思うようなパンチが飛んできても、当たる直前で力が抜ける。
そういう配慮ができる人が、このジムには多い。

もっとも、全員がそうではない。
たまにアドレナリンが先に立ち、本気で当てにくる人もいる。
昔、喧嘩癖が抜けずに強制退会になった人物とマスしたときは、正直、運動というより肝試しだった。

先日、久しぶりにマスが本気の殴り合いに変わる場面を見た。
一人は自分と同年代、もう一人は40代手前。
互いに熱くなり、規定ラウンドを消化できず途中で打ち切りになった。
リングを降り、グローブを外し、我に返って最初に「ありがとうございました」と声をかけたのは、同年代の会員だった。
その一言で、空気がすっと元に戻ったのが分かった。

若い頃は、なかなか気づかない。
年上の相手と殴り合って勝ったとして、それは何になるのか。
一発二発当てたくらいで頭に血をのぼらせるより、終わったあとに先に礼を言えるほうが、よほど強い。

歳を取るというのは、体力が落ちることだけではない。
殴らずに済ませる距離や、引き際が見えるようになることなのかもしれない。

1つ星 (3 投票, 平均: 1.00 / 1)
読み込み中...

コメントは受け付けていません。

このページの先頭へ