言わんでもいいこと書く

「わからせようなんて無理なんだから、余計な苦労を背負わなくていい」
ずいぶん前に身につけた境地だ。
そもそも“わからせよう”という姿勢自体が上から目線で、「何様のつもり?」と言われても仕方ない。
……とはいえ、専門家として言うべきことを言っているのだから、“何様”で当然だとも思っている。

ウサギ診療は、飼育・飼養知識の専門性が高い分、実はウサギそのものの診療以上に、飼主との相互理解が重要になる。
こちらの意図や気持ちが正確に伝わらないと、期待どころか逆方向の感情を生んでしまう。
私が一部の飼主さんから「怖い獣医」と認識されるのも、正直なところ……いや、全体の数%は、飼主側のリテラシー不足のせいでもあると言わせてほしい。

若い頃は、文字通り“怖い”と思わせるほどの情熱があった。
「熱中時代」の北野広大ばりの熱意(例えが古いが、私には最もしっくり来る)。
それが歳を重ねると、面倒を避けるようになり、
「どうせ言っても伝わらない。逆に恨まれるくらいなら、余計なことは言わず、誤解も避けて、粛々と報酬だけ請求しよう」
という悟りの境地に入る。
だから今は、昔ほど“怖がられる”ことも減ったはずだ。

つい先日も、随分一方的で身勝手な言い分に、思わず「噛みつきたい」「応戦したい」という衝動が芽生えた。
でもすぐに、「同じ土俵に降りていく面倒くささ」が勝った。
歳をとると丸くなるというが、それは、くだらない相手にまで自分を証明する必要がなくなる“実績”と“余裕”を自ら確立したからだと思う。

やっとこの歳になって、その意味がわかるようになった。
遅いと言えば遅いし、それが良いことなのかどうかは、正直わからない。
でも──今の自分には、これがちょうどいい。

どちらにせよ、うちに通ってくれているほとんどの飼主さんには全く関係のない話です。
ただのオッサンの独り言なので、どうぞ右から左へ流しておいてください。

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