打ち明けると

数年前、左側尿管閉塞による水腎症という、尿が生成されても排泄できない、だからすっごく痛い病気になり、且つ適正な手術を受けるのに1ヶ月待ちで、その間は鎮痛剤を常用し乗り切るという、なかなかの修行をさせて頂いた。

結果上手く行っているので現在に至っているのだが、当時は相当精神的に追い詰められて、最後はなるようにしかならんわ、早く楽にしてくれ、と達観と自棄が入り混じった心境で生活していた。

手術はロボットを使用した治験手術で、自分のような病態は初めてということだったので、手術当日はナーバスになって、あれこれ無言で考え込んでいたのに、そのとき居合わせた沈黙が苦手な自分よりずいぶん年上の面会爺さんが、無神経に私の病気と全く関係ない己の自慢話をペラペラ喋り続けたので、静かな口調で冷たく、その改善不能な(だってその歳なら)デリカシーのなさを指摘した。

それ以来・・・

当院にも度々重病で苦しむ患者さんが訪れるこがある。

飼主さんが、来院前から愛兎の深刻な状態を察していたり、私の説明を瞬時に理解してくれる方なら問題ないが、なかにはこれ以上伝わり辛い説明続けるよりも、先に苦しんでる患者の治療したいと思えることが残念ながらある。

患者さんの病状が急変しそうな切迫状態で、こちらは少しでも迅速に、効率よく対応しようと頭をフル回転しているときに「ついでに」・・・
そう、ついでに耳が汚れてないか診てほしい、ついでにソアホックになってないか診てほしい、ついでに爪切ってほしい、ついでに普段の飼育状況の相談に乗ってほしい、etc. と言われると、口には出さないが、上述のあの爺さんを思い出して対処しています。

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