政治の言霊に警戒

先ず、恥ずかしい過去を打ち明ける。

青森の大学生だった1991年、世間は国際連合平和維持活動に基づき海外へ自衛隊を派遣するか議論が沸騰していた。
世の中のことなど何も知らんウブな学生だった私は、TVでやたら耳にしたPKO、Peace Keep Operation という耳障りの良い言葉に乗せられて、後々のことも熟慮せず賛成表明して良い気になった。
あれから四半世紀が過ぎ、当時を総括した書物を読んで、正直自分の過ちを悔いた。

動物病院開業、所帯持って曲がりなりにもまともな社会人に見えたであろう2005年は、ときの総理大臣による劇場型政治手法に誰もが沸いた年だ。
NHKならぬ、抵抗勢力をぶっ潰せ! という威勢のよい言葉に酔って、やんや応援した結果が終身雇用制と中間層の破壊、現在まで続く緊縮財政であり、こんな世知辛い世界を作った原因の一端を担った気がして、これも相当恥ずべき黒歴史だ。

それ以降、政治の言霊が生まれるたび、先ずは疑って斜に構える性格になった。

そして現在。
豊洲で散々ゴネまくったのに、国民に大した(いや全くか)成果を示せなかった某知事が、久々に表舞台に登場するや続け様に発した言葉。
Social Distance、Stay Home、Overshoot、Cluster、Lockdown、Business As Usual、Pandemic、Epidemic、Outbreak、Step1。。。
不自然なほど横文字に拘り、挙句自粛要請と間違った自国語(自ら進んでやる行為を願い求めるのはおかしい)を発する胡散臭さ、もうはっきりし過ぎている。
私的に心の中で最大限の危険信号が点灯していて、それは三密警戒以上だ。

ただ、このようなスタンスは今どきの風潮で、意識高い系の逆張りと揶揄されるらしい。
余程人生経験積んで過去に学んだ賢者が発してくださる有り難い言葉なんでしょう。
いまだ自分の過ちを怖れる私は、よう使えない言葉だけどね。

多勢に同調しないのは奇異に見えるかもしれないが、私的には至って健全なメンタルだと思っている。

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